※このページ文字ばっかりで、完全に読み物になります。暇な方だけどうぞ。

 こんにちは。はじめまして、高知県自動車学校で学科教習とかその他いらないことばっかりやっています自動車学校の弱点こと村山と申します。実はこのページずっと私が担当し執筆しておりますが、(だから結構ミスもあります。)自動車学校のホームページって結構宣伝ばかりで(それも必要ですが。)なんか安全運転からかけ離れてしまっているようで、自分としても?だったのです。とはいっても当校のホームページは、素人の私が作成しておりますので、かなりその内容に身勝手がありまして、このページで兼ねてから思っておりました、学科教習形式で、教習の小話でも書いてみようかなと思った次第です。これから初めて運転免許証を取得する方も、現在教習生の方も、さらにすでに免許証をお持ちの方も、ここで教習の小話を読んでいってみませんか?このページでは読む教習の小話をやっていこうかなと思っています。またこのページはあくまでも小話ですので、道路交通法とはかけ離れた解釈もあるかと思いますが、関係者からの苦情だけはご勘弁ください。
 それではさっそく始めます。ところで皆さん自動車学校の学科教本の最初のページに何が書かれていたかご存知ですか?または覚えていますか?そこには運転の三要素、認知、判断、操作について書かれています。
 そこで、例えばジュースにストローが刺さっているとしましょう。こんな場合、我々はストローを使い、グラスを傾けることなくジュースを飲みます。しかし、小さい子供はそうはいかないことがあります。なぜかといいますと、小さい子供はストローの使い方を知りませんので、よりよい判断を導くことができないのです。しかし、こんな小さな子供でも一度正しい使い方を教えると、すぐにその真似をし、試行錯誤の末、やがて上手にストローでジュースを飲むようになります。(若干の個人差はありますが・・・。)一方、その時子供は自分の知っている方法でジュースを飲もうとしたはずです。実際ジュース一つとっても飲み方は色々ありますから、ストローを使わなくてもジュースは飲めるのです。しかし、その一つ一つの場面においてふさわしい行動は一体どうだったのでしょう。それは運転でも全く同じことです。人が正しく行動するためには正しい模範が必要です。よりよい運転行動を身に付けていただくために、我々指導員は常に正しいお手本である必要があるのです。そして、同じことの繰り返し試行錯誤の末より良い行動が身についていきます。当校ではお忙しい方には免許証の短期取得もお手伝いさせていただきますが、ただ短期という言葉が先走りしてしまうとそれは困りものです。また宣伝っぽくなりましたねすみません。
  そして、こんな何でもない日常の行動が全て認知、判断、操作の繰り返しです。我々は常により良い行動を身に付けたいものです。
  それでは、我々人間は一体どのようにしてこのような認知、判断、操作の繰り返しを行っているのでしょう。それは、人間が人間たる所以、脳に蓄積された知識をもって考え行動しているのです。人はどうしたらいいのかを知ってるから行動できるのです。しかし、残念ながら人間は知らないことは行動に移せません。または、間違った行動を取ってしまいます。だから、正しい知識は多いにこしたことはないのです。たくさんの知識を元に人は正しい認知、判断をし、よりよい行動をとることができるようになります。運転の場合は、道路交通法をよく理解することがより良い運転行動を身に付ける一番の近道です。私も現在修行中、どんな場合でもよりよい行動がとれるようになるのはいつのことでしょう。



 

「運転者の心得」


 一段階の学科1教程、最初の教程は「運転者の心得」という教程になります。学科教習は、現在の自動車学校のシステムでは一段階と、二段階に分かれており、場内教習が一段階、路上教習が二段階という感じになっています。
 その全ての教習の一番最初がこの学科1教程となるのですが、その最初のページには、思いやり、譲り合い、他人に迷惑をかけない運転と書かれています。全ての自動車学校では、安全運転の結論から教習がスタートするわけです。これは一体何を言わんとしているのでしょう。学科といえば道路交通法です。しかし最初のページには法律ではなくモラル。人というのはいくら同じ場面でも同一の認識、判断をするとは限りません。場合によってはその人と人との考え方の違いが摩擦となってトラブルを起こしてしまうことがあります。(摩擦により発生する熱エネルギーは、地球最強のエネルギーだとは思いませんか。ブレーキの使いすぎによるのフェード現象などにももちろん注意が必要ですが、人間の心のぶつかり合いによって発生する摩擦熱?その怒りのエネルギーにも注意が必要だと考えます。)そのトラブル、人と人との心の摩擦を最小限にするのが、思いやりや譲り合いの精神なのでしょう。しかし、それは運転の場面だけではありません。日常のトラブルも全く同じことが言えます。
 実際全てのドライバーが道路交通法に精通してるとは言いがたい道路状況、現在も非常に危険なことに変わりはなく、日々トラブルは尽きません。 正しい共通理解があってこその安全なのですが、事故を起こした人が安全運転をしてなかったかというとそうではなく、自分では常に安全運転をしていると思ってたりもするわけです。危険な運転は正しい知識の上に成り立っているとは言いがたい面があります。しかし、統計を見ると、死亡事故の約3/4が初めて事故を起こしたドライバーによるもののようです。こんなところから、過去に事故の経験のある者の方が死亡事故を起こす割合が低いということになります。悲しいことに事故の経験がその後の運転のより良い判断力になっているようです。一生無事故は無理なのでしょうか。このような中、自動車学校は常に安全運転を強調しています。実際それだけで我々は教習生に安全を伝えることができているのでしょうか。ありきたりの安全運転を説明しても死亡事故の3/4は防げないのでしょうか。悲しい事故を防ぐためには、今後は教習所内で、安全に危険体験を実施していく必要があるのかもしれません。しかし、これには今の教習所の施設とカリキュラムでは限界があります。
 前置きが長くなりましたが、1教程のはじまりは、思いやり、譲り合い、他人に迷惑をかけない運転というところからでしたが、続いて「同乗者の安全確保」という内容になります。運転者は同乗者の乗り降りの際にも、細心の注意を払い事故防止に努めなければならないとあります。全くそのとおり、これが道路交通法でなくても、きっちりやらせていただきます。同乗者は大事な家族であり、友人であり、恋人なのですから。とか言っても、私は1教程の全てをここで述べてやろうなんか全く思っておりません。このページは今後も各教程を材料にして、私の言いたい放題のページとなっていくことでしょう。


「信号に従うこと」

 学科2教程です。この教程のタイトルは「信号に従うこと」となっていますが、みなさん信号の意味はよくご存知ですか。免許を取得した今でもなお。青の燈火は進め、黄の燈火は注意、赤の燈火は止まれなんて思っててる方いませんか。もしそうだとしても、全然不思議ではないのですが、そのような解釈で、信号機のある交差点で事故にあった経験のある方が実はおられるのではないでしょうか。
 例えば信号の意味にはどれも「止まれ」という意味はないのですが、もし「止まれ」という意味、解釈ができるとすれば、青、黄、赤と順番に変わっていく信号の黄色の燈火です。しかし、赤の燈火が「止まれ」という意味と理解していれば、信号の色一つ分判断、行動が遅れてしまいます。黄色で止まれと判断する人に比べて、時間で解釈すれば約二秒間の判断行動の遅れ、いざという時には危険を避けられなくて当たり前かもしれないですね。(約二秒の判断の遅れは時速50キロメートルで考えますと、約30メートルの判断の遅れとなります。)
 ここで正しい信号の意味を簡単に述べます。青の燈火信号は、直進し左折し右折することができますが、できるかできないか状況は自分で見て判断して下さい。黄の燈火信号は止まりなさい。しかし、安全に停止できない場合はそのまま進むことができます。安全に停止できるのにもかかわらず加速したりする人もいるこの黄の燈火信号は結構危ない信号ですね。黄の燈火が点灯した瞬間全てのドライバーはアクセルを緩め、ブレーキに足を乗せて欲しいものです。そこで安全に停止できるのであれば停止してください。そして、赤の燈火信号は停止位置を越えて進んではならないとなります。どうでしょうこれで信号のある交差点での事故の大半は防げるのではないのでしょうか。
 後は黄と赤の点滅信号です。これもきちんとした法律があるわりに、様々な解釈をするドライバーが存在しています。歩行者に関してはどちらも注意して進むことができるという意味ですが、我々ドライバーについては、黄の点滅信号こそ歩行者と同じ意味ですが、赤の点滅信号は、停止位置で一時停止し、安全を確認した後進むことができるとなっています。ドライバーそれぞれがこのきまりを遵守しておれば事故の発生はありえないのですが、実際はそうではないようです。信号のある場所は交差点なのに、なぜ人は油断をするのでしょう。ここで信号の解釈の話をするよりも、信号を正しく理解し判断しない人間の心理状態を考えたほうが事故は防げるのかもしれません。しかし、相手がどんな信号無視のドライバーだとしても、こちらが正しく信号を解釈し判断行動しておれば、自分自身は信号機のある場所で事故に遭う可能性は非常に低いものになります。しかし、ちゃんと信号に従っているのに追突されたとか。ドライバーは常に後方や周囲の車の動きにも注意が必要ということになります。
 そこには信号機があるのに・・・・・。事故に遭わないためには相手に期待してもダメだということかもしれません。現在も交差点での交通事故発生件数は交通事故の大半を占めています。信号にさえ従っていれば・・・。そんな事故ばかりです。
 信号機の設置されている場所は、我々ドライバーにとって交通が複雑で、判断に迷うところです。それをせっかく信号機が簡単にしてくれているのに、それに従わないなんてありえないのですが、今日も微妙な信号無視のドライバーが走り去って行きます。彼らに迷いはありません。やっぱり我々が信号に従って運転することにしましょう。


「標識・標示に従うこと」

 学科3教程です。この教程のタイトルは「標識、標示に従うこと」となっています。標識、標示は覚えてください、見てください。まずはここから始まらないといけませんが。覚えていない、見ていないじゃお話になりませんよね。しかし、このページで全ての標識、標示を説明するわけにもいきませんので、基本的なことのみお話しします。
  標識には本標識と補助標識がありますが、本標識だけではなく補助標識もちゃんと見てないと、規制の時間や区域、対象車がわかりません。もちろん両方をきちんと見てください。標示には黄色と白のラインがありますが、特に黄色の標示は強い禁止をあらわしています。また、交差点に標示されている白の斜線部分は導流帯といって、右折や左折、進行方法を標示していますので、原則それに従ってください。はみ出したりすると非常に危険です。
 せっかく標識や標示の意味を知っていても、自分にとって大切なものを見落としたりすることのないようにお願いします。 とまあ標識、標示についてはこれくらいですが、高齢者講習とかを自動車学校の場内コースで行っていると、その標識、標示の見落としの多いことに驚かされます。特に止まれとか、中央線の標示の見落としが多いようです。自分がきちんと見ていてもまわりにはそうでないドライバーもいるのです。やっぱり常に周囲の動きも慎重に観察する必要がありますね。特に道路を逆走をされると逃げ場を失いますので気を付けて下さい。


「車の通行するところ・車が通行してはいけないところ」

 学科4教程です。この教程のタイトルは「車の通行するところ・車が通行してはいけないところ」となっています。実際どこをどう通行するかなんて周りを見たら誰でもわかることですし、通行してはいけないところを通行するなんてことはありえないとは思うのですが、街では歩道を通行している車を時々見かけたりもします。(しかし、それでもいつまでも走行している人だけはいませんね。)
  そこで、この教程はどちらかというと原則と例外の話にります。ここでは原則のわかっているドライバーには例外の説明も通用しますが、原則がわかっていないドライバーには、どんな説明も通用しないという特徴があるようです。自分勝手に好き勝手に走り回る。自分の解釈でどこでもどうでも通行してしまう。そんなドライバーもかなり街中で見かけます。そして、そんなドライバーに限って自分が右折したい交差点の近くまできたら、いきなり対向車線を走行してきて右折するなんてことを余裕でこなしてしまいます。こちらはそんなことまで考えて運転しないといけませんのでいい迷惑ですよね。しかし反面そんなドライバーは相手に上手くよけてもらってることなんておかまいなし、(多分全く気づいていない)こっちに急ブレーキを踏ませておいて颯爽と走り去っていきます。もはや話し合いにもなんにもなりません。今日は前方の車の前に無理矢理割り込んだかと思ったら、その場で停止、後部座席から人を降ろして、またまた颯爽と走り去る黒のアリストを見かけました。どこに目をつけてるのでしょう、このビックリドライバーは◎街の遊撃手発見???って感じですか。それでも我々賢いドライバーはそんなドライバーがいたとしても追突なんてけっしていたしません。(笑)それでも追突したら今度はこっちの責任を追及されそうです。「無理な割り込みは禁止です。」とちょっと話がそれています。
 そこでこの教程、注意点は色々ありますが、一般的な走行をしている限り特に問題は発生しません。しかし、歩道や路側帯を横切るときは歩行者のあるなしにかかわらず、一時停止しなければなりません。お店に入る時などはよく歩道を横切ったりしますが、横切るとは直角に近い形での通行を指します。必要以上に斜めの通行は危険ですので避けたほうがいいでしょう。特にガソリンスタンドの出入りには注意しましょう。また、パチンコで負けた人はいきなり車道に飛び出してくる傾向が強いようです。怒っているのでしょうか、これにも注意が必要です。
 また、二車線、三車線と車両通行帯のある道路の通行方法はかなりヤバイ方もお見受けします。高知県独特の判断でもあるのでしょうか。道路交通法では、二車線の道路は原則として左側の通行帯を通行することになっており、右側に関しましては、追越などのためにあけておくとされています。困ってしまうのは、左側でめちゃくちゃ飛ばしている人、逆に右側でめちゃくちゃ遅い人。どちらかというと右側で低速で走り続けるドライバーには参りましたと言いたい時がありますね。三車線以上の道路では、もっとも右側の車両通行帯は追い越しなどの為にあけておき、それ以外の車両通行帯を通行することができます。この場合、速度の遅い車が一番左側の通行帯を、速度が速くなるにつれて順次右側寄りの車両通行帯を通行することになっています。
 また、我々は同一の車両通行帯を通行することが原則であり、やむをえない場合を除き、みだりに進路を変えたり、車両通行帯からはみ出したりしてはならないともされています。
 どこをどう通行するのか、法律では様々に規定されていますが、我々ドライバーは常にマナーのよい通行をするべきだということですね。


「交差点などの通行・踏切」


 学科5教程です。この教程のタイトルは「交差点などの通行・踏切」となっています。皆様交差点を安全に通行できていますか?事実事故の大半が発生している場所である交差点、交差点とは十字路、T字路、その他二以上の道路(歩道と車道の区別のある道路においては、車道)の交わる部分をいいます。
 それでは何故交差点では多くの事故が発生しているのでしょう。普通に考えるとたくさんの人が集まってくるからというのが当然の理由だとは思うのですが、ただ単にそれだけが原因ならもっと多くの事故が発生していてもおかしくはありません。だからといってはなんですが、原因はもっと他にもありそうです。
 そこで、私なりに事故の原因を考えてみるわけですが、車の運転で一番難しいのはブレーキ操作だと思います。ブレーキで上手く停止させられない場合は、ぶつかって止まるしかありません。次にハンドル操作だと思います。上手く曲がらなかった場合は、これもぶつかるしかありません。交差点の通行はこの難しい減速と操向という操作が同時に行われる上に、それ以上に難しく複雑になる安全の確認も伴いますので、結局運転が下手な場合はしょっちゅうぶつかってしまうしかないのです。しかし、運転が下手だからといってぶつかってばかりということにはなっていません。こうなると悩みますね。また、事故には必ず相手がいるとは限りません。交差点で勝手に一人でぶつかっている人、相手があって衝突している人、色々なケースがあります。実際はどれも判断ミスによるものですが、それに伴う操作の不十分さも事故の原因になっているようです。交差点では判断や操作のミスが事故につながりやすく、またミスが起こりやすい場所だということもなんとなくわかってきました。
 交差点は たくさんの人が集まってくるから事故が起こるものなのでしょうか。それとも単に交差点という場所の通行方法が難しいから下手な人はぶつかるしかないのでしょうか。しかし、事故の原因をお互いの認知判断ミスとする場合と、単なる個人的な認知判断ミスとする場合の二点に絞って考えてみると、なんとなく交差点の事故は防げそうな気がしてきました。交差点で事故を起こす人は、やはり運転が下手なことは間違いありません。だから自分の運転が上手いものなら事故は防げそうなのです。となると、交差点での事故を防ぐには上手な交差点の通行方法を身に付けなくてはならないようです。
 では上手な交差点の通行方法とはどんなものなのでしょう。学科教本にはこのように書かれています。「左折の方法」 車は、左折しようとするときは、あらかじめできるだけ道路の左端に寄り、交差点の側端に沿って(矢印などの標示で、通行方法が指定されているときは、それに従って)徐行しながら通行しなければなりません。徐行とは、車がすぐに停止できるような速度で、一般に、ブレーキを操作してからおおむね1メートル以内で止まれるような速度で、10km/h以下の速度であるといわれています。「右折の方法」 自動車の右折方法、自動車は右折しようとするときは、あらかじめできるだけ交差点の中央に寄り、交差点の中心のすぐ内側を(矢印などの標示で、通行方法が指定されているときは、それに従って)徐行しながら通行しなければなりません。また、一方通行の道路から右折するときは、あらかじめ道路の右端に寄り、交差点の中心の内側を(矢印などの標示で、通行方法が指定されているときは、それに従って)徐行しながら通行しなければなりませんとなっています。
 以上からすると、交差点の上手い通行方法のポイントは、目的に従ってあらかじめきっちりと車を寄せることと徐行という速度にありそうです。
  私は学科教習で「まずは右左折方法の教本の文章を丸暗記してください!!そして場内コースでバリバリ練習してください。自動車学校の場内コースで一般道路と違うところは、その交差点の多さです。一般道路でこれだけ交差点があったら、うっとおしくて車なんか乗ってられません。自動車学校の場内コースは皆さんに右左折をいっぱいしてもらいたくてこんなことになっているのです。右左折が上手になったら皆さんは路上に練習しに行きます。右左折の行為は場内も路上も全く同じです。違っている点は、場内より路上の方が直線での速度が速くなります。だから場内コースでしっかりと加減速、特にブレーキをしっかりかけることを練習していってください。」とこんな感じで説明しています。わかってるのかどうなのか、教習生はちゃんと話は聞いてくれています。練習はこれから始まるのです。
 そこで、まずは目的に従ってあらかじめきっちりと車を寄せることの目的を考えてみましょう。あらかじめということは、直前でということではなくて、余裕をもってということになります。右左折の合図は交差点の手前30メートルから出すことになっていますので、そこから考えると交差点の30メートル程度手前では、あらかじめ左又は右にきっちりと寄っていることが必要になります。あらかじめ合図を出して左又は右に寄っているということは、周りのドライバーから見ても、あの車曲がるんだないうことがよくわかりますし、寄ってますので車の発見が容易にできることになります。また、狭い道路を有効に使うことにもつながります。
  この通行方法で私が感心したのは、かの有名な、江ノ島の通称江ノ電の軌道敷のある道路での地元ドライバーの運転です。江ノ島のドライバーはその狭い道路で見事なまでの寄せを見せてくれました。左折時の左寄せは左に駐車するかのごとく、右折時の右寄せは電車ギリギリに、一車線しかない道路を二車線あるかのごとく通行していました。すばらしい運転技術がそこにありました。しかも老若男女問わず全員がこの走りなのです。これは驚き上手いの一言!!一見の価値があります。高知にも路面電車の軌道敷がありますが、ここまで気合の入った通行はほとんど見たことがありません。どちらかというと自分の好きなように通行しているドライバーが多くて、譲り合いより我先にって感じです。道路のど真ん中に寄ってきて、いっぱいに道路をを占領しての右左折。しかも、合図も出したり出さなかったり、ぎりぎりになったり、高知のドライバーは若干運転が下手ですか??というよりマナーも悪いようです。(※高知の路面電車は市内では、大体五分おき位で走っているようです。)江ノ島では一人もそんなドライバーは見かけませんでした。事故発生の割合も江ノ島の方は高知より少ないようですので、運転の上手い下手っていうのは事故の件数に反映しているようです。また左又は右に寄っていることによって、その目的に応じた安全確認が自分も行いやすくなります。安全確認は自分が見ること、自分を上手く見せることにあります。江ノ島では自動車学校の教本通りの運転が行われていました。我々も彼らに負けないような運転上手になりたいものです。
 次に徐行について考えてみます。徐行の速度は一定ではなく、ただ漠然と速度を落としたところで徐行したとはいいきれません。実際いくら速度を落としていたところで、事故になってしまったら、それは徐行していたことにはならないのです。交差点の右左折時は常に速度は徐行です。徐行している車は、いざという時もぶつかるのではなく、1メートル以内で止まれるのです。教本に書いてある右左折の方法に従って交差点を通行していれば、交差点での事故は防ぐことが可能です。しっかりと寄せること、ちゃんと徐行すること、これで交差点の事故はなくなるのです。やはり事故を防ぐには正しい知識のもとに、正しく車をコントロールする技術も必要です。皆さん運転は上手になってください。それだけではなく、マナーの向上もお願いします。交差点で事故なんて下手のすることです。(笑)私もここまで言ってしまった以上、交差点では十分気を付けて運転いたします。
 踏切の通行??どうしましょう。とりあえず交差点の通行方法が長くなってしまいましたので、この教程はここまでにします。
 


「緊急自動車などの優先、安全な速度と車間距離」

 学科6教程です。この教程のタイトルは「緊急自動車などの優先、安全な速度と車間距離」となっています。
 初心者マークを付けていた車が、(女性が乗っていました。)後方から接近してきた救急車に道を譲ろうとしたとき、接近してくる救急車を気にしすぎて前車に追突した事故を見かけたことがあります。大変気の毒に思いましたが、場所は交差点のすぐ近く、前車は交差点をさけて一時停止しようと停止した直後に追突されました。この時、実際、気の毒だったのは追突されたドライバーのほうでした。彼は道路交通法に従い、交差点をさけ、道路の(この時は)右側に寄り一時停止したのです。軽い追突でしたので大事には至りませんでしたが、非常に危険な事故だと思いました。この時、まずはしっかりと交通ルールを理解すること、周りの状況を的確に判断することが大切だと思いました。
 我々は緊急自動車に道を譲る時、道路交通法はともかく、何が何でも道を譲るべきなこと、ドライバーであれば皆が理解していることだと思います。しかし、実際の道路での状況を見ると、大半のドライバーができていることでも、ほんの一台の不心得者のために緊急自動車の進路がふさがれているのを見かけたりもします。また、その接近に全く気づかないのか、平然と走行しているドライバーもいたりするわけです。これは見ててかなりかっこ悪いと思います。
 大阪では、道をさっさと譲らないドライバーに、「どかんか!!!」「われー!!!っ」「人殺し!!」と怒鳴りながら交差点を通行していく緊急自動車の姿も見ました。高知ではそこまでの様子は見たことがありませんが、救急隊員のその気持ちがよくわかります。私も救急隊員の方には助けてもらったことがありますし・・・。だからといってはなんですが、やっぱり何が何でもすばやく道は譲るべきです。いくら自分が急いでいても、緊急自動車ほどは急いでいませんから。
 そこで、正しい緊急自動車に対する道の譲り方の学習です。我々が走行している場所が、交差点とその付近なのか、交差点とその付近以外の場所かで譲り方は違ってきます。まずは皆さんの通行している場所が交差点とその付近の場合です。この場所では、交差点をさけて、道路の左側に寄り、一時停止する。また、一方通行等、車が左側に寄ると、かえって緊急自動車の通行の妨げとなるときは、交差点をさけて、道路の右側に寄って、一時停止するとなっています。次に、走行している場所が交差点とその付近ではない場合は、道路の左側に寄る。一方通行等の道路で、車が左側に寄ると、かえって緊急自動車の通行の妨げとなるときは、道路の右側に寄るとなっています。
 緊急自動車に道を譲る場合は、その判断の基準をしっかりと持っておいて、後はその場その場での、我々ドライバーの機転をきかせた運転がものをいいます。困っているのは常に家族だと思って素早く道を譲っていきましょう。
 また、停留所で止まっている路線バス等が発進の合図をした時は、その発進を妨げてはいけません。しかし、急ブレーキや急ハンドルでさけなければならないような場合は、先に進むことができます。
 こちらもきまりはともかく、マナーの問題です。感じの悪い運転にならないように気をつけていきましょう。
 ところで、この教程にはまだまだあって、後半は「安全な速度と車間距離」についてになります。我々ドライバーは常にこの二点を考えて運転しているのですが、道路では様々なドライバーが存在します。実は、私もその様々なドライバーの一人、誰一人同じドライバーは存在しません。人それぞれ安全に対する考え方は違っていると思いますので、後半に関しましては私の思う、安全な速度と車間距離についてのべてみようと思います。
 車はその速度の速さが一番の魅力ですが、速度には規制速度というのがありまして、 その速度を超える速度での運転は禁止されています。また、速度には法定速度というのもあり、自動車は(小型特殊自動車を除き)60キロメートル毎時、原付は30キロメートル毎時と定められています。我々ドライバーはその規則に従い、後は周囲の道路交通状況を参考にして、速度を選んでいくわけですが、一般に、極端にその速度選択の悪いドライバー以外は、大体みな安全な速度が選択できているように思います。中には速度取締りにあっているドライバーも見受けられますが、速度を出して走行している割に、(自分では運転が上手いと思っているのかも)見落としがかなり多いようで、ネズミ捕りの見落とし、白バイの見落とし、パトカーの見落としと、かなり危険な物??に対する注意力のなさが目立ちます。この前も、ネズミ捕りの名所??で我々(人並みの判断力ドライバー)を縫うようにしてブチ抜いていった若い男性ドライバーが取り締まりにあう姿を見かけました。しかも、困ったことに、その彼は取締りの「止まれ」の旗まで見落として、止まらなかったため、パトカーに追っかけられた上での検挙となっていました。ここまでいくと極端な例ですが、実在したドライバーの話です。今回は取り締まりにあっただけで事故にはなってはいませんが、注意力が偏っているのは明らかです。
 結局は規制速度を超過していないと速度取り締まりの対象とはならないし、速度はみずからアクセルやブレーキで調節できるのです。違反を犯し、検挙され「みんな速度オーバーしてるやんか、今日はついてない。」じゃ話になりません。速度違反をしてることは当然自分も知っていることですので、自分は大丈夫なんていう過信は禁物。車はすぐには止まりません。
 また、 天候や荷物、路面や乗車の状態、自分の体調も速度調節の重要なヒント。ドライバーは単純に周囲の状況だけではなく、このようなことも速度調節の要素として考えて運転をする必要があります。
 次に「車間距離」です。一般的に車間距離は前車が急ブレーキで停車しても追突しない位は必要とされ、速度応じた停止距離位は最低必要とされています。判断の基準はおおむね速度計の読みの数字から15を引いた距離(m)になります。しかし、これは乾いた舗装道路の場合ですので、あくまでも条件が良い場合での、最低ラインとなります。
 後は考え方の問題となるわけですが、どうでしょう、車間距離を異常に詰めてくるドライバーの心理状態は。私も前車の走行速度があまりにも遅かったり、速度が一定でないドライバーに対して、車間距離が短くなってしまう傾向があったりします。心の中では、「もうちょっとなんとかなりませんかね。」なんて思っています。しかし、国道なんかの一車線で前車に追いついてしまうと、イライラしてしまうこともあります。そんな時は、後車が接近してきた時に道を譲ったりします。理由は、イライラする運転の車からは、少しでも離れたいからです。私を追い越していったドライバーもやっぱりイライラしていますね。ということは、車間距離を詰めてくるドライバーは、イライラしていることが多そうです。もう一つはストーカーですか??いつまでもいつまでもついてくる車は、気持ち悪いです。そのまま警察署まで行きましょう◎
 しかし、単なる癖の悪いドライバーがいるのも確かです。どう考えてもどうにもならない場合に接近してこられると、なんか嫌がらせをされているみたいで嫌な感じになります。車間距離を詰めてくるドライバーの共通点は怖いもの知らず??(ブレーキとか操作が全部遅いのかも。車はすぐには止まりません、しかも止まらない車には乗れません。)まあ何にしろどこか少しおかしい人かもしれませんので注意して下さい。道路上のいらないトラブルはゴメンですよね。歩いててこんなにくっついてこられたことはないのですが、運転中は時々くっついてくる人がいます。この方は歩いてても誰にでもくっついていくのでしょうか。車に乗ると、人は何か行動に変化が出るのでしょうか。怖い気がします。皆さんご注意を。
 とまあこの教程内容が盛りだくさんで、 実はまだまだあるのです。しかし、ここまでにします。「緊急自動車等の優先・速度と車間距離」かなりおくが深い内容です。特に速度と車間距離に関しては、永遠のテーマなのかもしれませんので、また何か思いついた時には内容を更新したいと思っています。


「歩行者の保護など」

 学科7教程です。この教程のタイトルは「歩行者の保護など」となっています。
 この教程は他の教程とはちょっと違ってまして、冒頭から、「歩行者や自転車への思いやり」といって、道路交通法ではないドライバーの心の部分からの導入になっています。このような導入から始まっているのは、学科第一教程とこの教程だけなのですが、これには一体どのような意味があるのでしょう。
 もちろん道路交通法として、歩行者に対する法律はあるのですが、それを覚えることも大切です。しかし、わかっててもすぐに行動に移せないドライバーが多いのも、この教程の特徴であるといえます。実際、思いやりのないドライバーにとって、歩行者などはうっとうしい存在であるにすぎず、しかし、一旦歩行者などとの事故を発生させると大変なことになります。だから第一にドライバーの「思いやりの心」の再確認なのでしょう、思いやりのあるドライバーが歩行者をはねて怪我をさせたり、ましてや死亡させるなんてありえない話ですから。
  そんな中最近、通学中の学生や、保育園の子供たちの列に、車が突っ込むような事故が何件も発生しています。このような事故はありえないと思うのですが、その時のドライバーの心理状態は一体どうなっているのでしょうか。事故を起こしたドライバーにとって、その理由は様々にあるようですが、不可思議なタイプの事故です。
  実際は車中心の道路の造りとかにも問題点はありそうなのですが、行政による道路環境の改善を待っている暇もなく、我々は毎日運転をしなくてはなりません。死亡事故が発生した現場は、事故処理が終わったとたん、何事もなく車や人が通過していきます。事故現場はその原因はともかく、そのままのことが多いようです。そこで、我々も、よく事故の発生する危険箇所については、ここに丈夫なガードレールを設置してください、なんていう要望を出していく必要があります。そうすることで、少しずつは危険箇所も減少すると思うのです。
 そこで、歩行者の保護ですが、例えば横断歩道の歩行者に道を譲ることをせず、もちろん道路交通法に違反しているドライバーが、検挙されて反則金なんて話をほぼ聞いたことがないのですが、皆さんどこかにそんな話はありましたか??あればぜひお伺いしたいのですが、しかし、このような場所で歩行者と事故になった場合は、有無を言わさずドライバーの責任は免れないでしょう。それではなぜ厳しく取締りが行われないのでしょう。やはりこれにも「歩行者に対する思いやり」が関係しているのではないのでしょうか。本当に思いやりのあるドライバーなら、歩行者をはねてしまうような運転は行わないはずです。しかし、取締りを強化することによる、事故抑止効果もあるとは思うのです・・・。ならどうして・・・。
  日本という国は統計やデータで動く資本主義国家です。これは逆にいうと、根拠がないと動かないともいえます。となると、歩行者に対して保護意識のない、思いやりのないドライバーを取り締まることによる、事故抑止効果は非常に低いのかもしれません。本人にすればちょっとした速度違反と同じレベルの軽い気持ちでやっているかもしれない違反も、対歩行者ともなると、それは犯罪に近い行為であるとも考えられます。日本の場合は犯罪が起こってから初めて警察が動くことが多いようです。犯罪は個人の問題ですか?私は社会にも問題があると思うのですが・・・。この取締りが行われていない背景には、私には計り知れないものがまだまだありそうです。
 とまあ色々と考えてみましたが、私には結論に至る賢い頭はないようです。歩行者をはねるなんてとんでもないことですので、道路交通法に従って運転をすることにします。もし事故を起こしてしまった場合、言い訳をして許されるかというと、法律には逃げ場がなくて、我々ドライバーが歩行者をはねたりした場合、法律によってきっちりと裁かれることだけは確かなようです。
 相変わらず長々と前置きばかりが目立ちますが、この教程の重要な内容をいくつかあげておきたいと思います。
 我々ドライバーは、歩行者などのそばを通行する場合は、個々の歩行者のタイプを的確に見分け、それに応じた安全な対応をしなければなりません。特に通行に支障のない歩行者のそばを通行する場合は(自転車も同様)、安全な間隔をあけるか徐行しなければなりません。安全な間隔(1m〜1.5m)があれば、そのまま通行しても何の問題もありませんし、このような歩行者は、安全に対する気配りもできており、車の接近に自ら気づき、狭い道ならよけてくれたり、それなりの対応が可能です。一方、通行に支障のある歩行者のそばを通行する場合は、一時停止か徐行をしなければなりません。このような歩行者は、特に危険性の高い歩行者ですが、子供の一人歩き、車椅子、白か黄の杖を持った方や、盲導犬を連れた方、高齢者、妊産婦など、当然ドライバーは一目見ただけで、危険であることを判断しなければならないタイプの歩行者であり、当然のこと特に注意の必要な歩行者です。そこで、我々はどのような歩行者であったとしても、接近した場合、歩行者のタイプを的確に見分け、瞬時にその対応が求められているのです。
  例えば、猫をよけて、反対に子供の列に突っ込んでいくなんて言語道断!!子供をよけて、猫の列に突っ込む、どうにもならないのなら、そちらを選択するべきです。(こんなことを言ってしまうと、猫愛好家の方は激怒するのでしょうか。そんなことありませんよね。実際このドライバーは、このような場所を通行している、もともとの速度に問題があったと考えられます。歩いているたくさんの園児の姿を見ていて、何かあればはねてしまう位そばを通行しているのに、事故になるような速度を選択し、走行しているようなドライバーです。何かあれば、誰かが犠牲になることは明らかだったといえるのです。)この場合、ドライバーは一時停止か徐行の選択が正しかったといえます。事故というものは、突然起こるものなのでしょうか。事故の発生は突然かもしれませんが、そこまでにはかなりの確率で必然的な要素があります。我々ドライバーは、その時の判断を間違ってしまうと、とりかえしのつかない結果を生むことになるのです。
 「歩行者の保護など」、この教程はやっぱり思いやりの心の再確認でよろしいですか。


「安全の確認と合図・警音器の使用・進路変更など」

 えっ???安全確認しないのですか???合図とか出さなくて大丈夫ですか???警音器って単なる音ですけど、他人の車のブレーキペダルかなんかと間違っていませんか??相手が音を聞いてブレーキを踏んでくれるとは限りませんよね。実際その音が原因でトラブルに巻き込まれてしまう方も多々おられます。その使い方にはちょっと注意が必要です◎まあどれにしろ、結局自分が危険なんですが・・・。わかりませんかね・・・・。HOTなドライバーの方は・・・。確認はしない、合図は出さない、やたらと警音器は鳴らす、彼らの走りは見ていてもかなりHOTです(笑)マジで???。相手したらヤケドします。「見ざる聞かざる言わざる」運転とでもいいましょうか。道路上最強と言われる彼らに対して、今のところ打つ手はありません。彼らの行動は日々激しさを増すばかり・・・・。常にこちらが注意です。
 ということで、学科8教程です。この教程のタイトルは「安全の確認と合図・警音器の使用・進路変更など」となっています。街中を運転していると、うわっ!!と思うドライバーをたくさん発見できますね。これは高知独特の運転方法だと思うのですが、県外に行くとこれほどの運転は、あまり見かけません。お隣の徳島県のほうでは若干見かけたりもしたのですが・・・。交通量の多い県では絶対に通用しない危険な運転です。そんな中、高知にはかなりHOTな運転技術をお持ちの方がかなりおられるようです。みなさんは絶対注意して運転してください。こんな方とうっかり事故を発生させますと、さらにHOTなトークで散々な目にあうことでしょうから・・・・・。「憎まれっ子世にはばかる」ですか??このようなドライバーはかなりの数生息しています。ドライバーの皆さんご注意を!!
 この教程の内容は、ドライバー同士の相互理解の話になりますので、対象者は全員が免許証を取得し、車の運転を行うことが大前提となるのでしょうか。それにしてもわかっているのかいないのか、わざとなのか、ボケなのか、自分としてはきっちりと安全確認はしているつもりなのでしょう、それにしては危険なドライバーが散見されます。しかし、どんなドライバーでも自分なりには、きっちりと安全確認は行っているはずなのです。教習生が上手くできないのは、これから練習していることなので多少は仕方のないことかもしれませんが、すでに免許証を取得し、ベテランの域に達しているドライバー様がなんたることか!!なんてことはありませんよね。(見てたら結構ありますね。)
  そこで、運転の基本である安全確認の方法ですが、運転してて特に危険である場所は、全部自分の目で直接見ること、特に危険性の少ないところはミラーを使って確認することが大切です。それでは、特に危険な場所とはどこかということになりますが、ミラーに映らないところと考えるのが一般的でしょう。例えば前方とか横とか、車の周囲です。当然見てるはずの場所ですが、そこすらちゃんと確認できていないドライバーも見受けられます。また、ミラーは車のミラーだけじゃなくて、カーブミラー等、道路に設置されているミラーにも、特に危険な場所は映っていませんので注意が必要です。そして、反対に特に危険性の少ない場所はどこかと申しますと、ミラーに映っているところでしょう。ミラーは遠くのものしか映らないのです。ミラーはあくまでも補助的なものです。我々ドライバーは、そのミラーの特性などもよく理解して、的確な安全確認を行う必要があります。
 また、合図についてですが、これは運転していく上では、同じように運転している他人との会話です。どこの誰かも知らない人が、どこで何をするのかなんて全く予測がつきません。それでも、かなり理解して運転はしているのですが、言ってくれたほうがわかりやすいし、当然危険性も低くなり、交通の円滑も図れるというものです。今日もゆっくりとこっちの車線に寄ってくるタクシードライバーがいました。ふらついているのか、車線を変えたいのか、よくわからないのですが、いつのまにやら車線を変更してきました。お客さんを乗せて、プロがそんな運転??話にでも夢中なのでしょうか、私以外にもかなり迷惑をかけての運転を行っていました。合図は出さない、出しても遅い、みんな出してるのに自分だけ出してない、それでもぶつかることなく走っている。彼らは周りの善良なドライバーが気を付けてくれているから、そこそこの走行ができていることに、気づいて欲しいものです。善良なドライバーの心労はまだ続きます。「ボケと車」、日々どんどん進行して行くもの同士の最強タッグは、地上最強の危険を振りまきながら、また今日も加速して行きます・・・・。こっちが気をつけるしかありません。
 ところで、実際問題安全確認の方法とか、合図について、どのようにすればいいのかわからないドライバーは存在するのでしょうか。毎日事故を起こしているドライバーはいませんので、それなりの安全確認は行っての運転だと思います。それならば、事故は安全確認や合図を正しく行っている上で起こっているものなのでしょうか。もしそうなら事故は防ぎようがありません。そこにはきっと事故に結びついてしまう不確実な安全確認や合図が存在するのでしょう。「安全確認と合図」、この教程では、常に教習生に「安全確認は自分が見ることです。合図は自分を他人に見せることです。見ること、見せることの上手いドライバーが本当に運転の上手いドライバーです。」とお話させていただいております。自分だけがわかっている運転じゃなくて、他人にもわかりやすい運転、そこに事故は存在しないはずなのです。
 自動車学校では、教習生には安全確認や合図について、当然のこときっちりと教習しておりますが、自動車学校卒業後の彼らの行動はなかなか見られるものでもありません。また、自動車学校では、検定という業務がありますので、安全確認や合図をきちんと行っていないと、検定に合格することは不可能です。
 どうですか、初心者マークのドライバーの運転は??進路変更の3秒前に合図をしていますか?交差点の手前30メートルで右左折の合図をしてますか?卒業時にできていた運転もある時期を境に微妙になってきているようです。
  頑張れ一宮の卒業生!!正しく運転している君たちは、歴史と伝統の高知県自動車学校の卒業生です。交通事故発生率も非常に低い当校の卒業生だという誇りをもって正確な安全確認と合図行って運転を続けてください。きっと快適なカーライフがおくれることでしょう。


 「追い越し・行き違い」

 歩いていて、自転車を運転していて、今まで一度も、人を追い越したり追い抜いたりしたことのない人っているのでしょうか。追い越しや行き違いは、普段の生活の中で何気なく行われている行為の一つです。となると、問題はその追い越しの理由とかタイミング、間隔の取り方とかになってくるのでしょう。追い越しの理由は、朝寝坊ですか、彼女との約束ですか。それともイライラするからですか。ギリギリのすれ違いになった理由は急いでいるからですか、それともブレーキの遅れですか。とにかく追い越し・行き違い時に余裕がないのは危険です。
 特に追い越しは、自動車を運転する上で一番危険性の伴う行動であるといわれ、ひとたび間違いを起こせば大事故になりやすい傾向にあります。行き違いに関してもケースは様々ですが、最悪の場合は、正面衝突になるかもしれません。やはり、余裕のない追越しや行き違いは事故のもとです。
 ところで、実際道路を走行していると、二種類のドライバーの存在に気づきます。それは、流れに乗って運転しているドライバーと、そうでないドライバーです。また、そうでないドライバーの中にも二種類ありまして、流れを乱す非常に低速なドライバー、もう一つは流れなんかはお構いなしに、どんどん追い越しをしたり、車線変更を繰り返すドライバーです。
 しかし、大半のドライバーは流れを乱すことなく淡々と運転していますので、私自身、通常は危険を感じることはないのですが、一車線しかない高知の国道なんかで、超低速車の後ろについた時なんかはさすがに追い越しをしたくなったりします。それも、追い越しが可能な見通しのよい場所ならいいのですが、高知にはそのような道はそれほど存在せず、しばらくはその低速車の後方で我慢の運転となるわけです。(結局その車がわき道にそれてくれるまで、ずっとついて行かなければならないことのほうが多いようです。)そんな時は、さらに私の後方に長い渋滞の列ができてしまったりして、後ろのドライバーの殺気を感じたりしてなんとなく怖くなったりします。
 そこで追いつかれた車の義務ですが、「追い越しが終わるまで速度を上げてはいけません。また、追い越しに十分な余地がない場合は、できるだけ左に寄り、進路を譲らなければなりません。」となっています。だから、こんな時私は低速車との車間距離を多くとるとともに、後方の車に進路を譲ることにしています。すると、後続車のドライバーは私の前、低速車の後ろにつくことになるわけですが、その場所が一番しんどい場所ですので、私の後ろにいた時よりも更にイライラしているようです。低速車の方の気持ちも十分わかりますが、道はみんなの物です。是非左に寄って後続のドライバーに道を譲ってあげてください。実は私もそれを待っています。
 またそれとは反対に、どんどん追い越しや進路変更を繰り返すドライバーも怖い存在です。しかし、彼らには進路さえ譲っておけば、どんどんターゲットを変えて前へ前へ・・・。すぐにいなくなりますので低速車よりはその対応が簡単です。(しかし、街中では追い越した直後の左折攻撃!!を受けることがありますので、追い越された直後は、十分に注意して下さい。更に彼らの特徴として視線の近さ、視野の狭さがありますので、彼らの急ブレーキ急ハンドルにも同様の注意をしながら、車間距離をとって、いなくなるのを見守ってあげましょう。)
 そして、道路上に障害物がある場合の譲り合いですが、障害物のある側の車が進路を譲るというのが基本です。しかし、基本にとらわれることなく、善良なドライバーとして、道は譲っておいたほうが無難だったりします。危険な場所に突っ込んで来るドライバーは、特にブレーキが遅れていますので、下手すると衝突します。(ミラーやバンパーに擦り跡のある車には要注意です。)
 「追い越し・行き違い」という運転行動は、その人の考え方そのものが、行動として出やすいものです。速度の遅い人も、速い人も、その人なりの主張を持っての行動ですので、こちらが更に相手を刺激しないようにすることが賢明だといえます。ドライバーは一人残らず全員が急いでいるのですから・・・・・・。

 



 「運転免許制度・交通反則通告制度」

 免許証の番号には何か秘密が隠されているようです・・・・。と、何という書き出しなのでしょうか。その秘密、私は知りません。
 そこで、運転免許のしくみとは一体どうなっているのでしょうか。
 「運転に必要な知識や技術のない人が、道路で自由に自動車や原動機付自転車を運転することは大変危険です。このようなことから、運転免許証は、運転の適性、運転に必要な知識と技術が一定の水準に達している人のみに交付され、道路で自動車や原動機付自転車を運転することが許可されているのです。」となっています。
 そしたら、無免許運転って一体?? 運転に関する適性も、知識も技術も一定の水準以下の人が行っているということになるのでしょう。しかし、新聞紙上には毎日のように、無免許運転で検挙された人数が掲載されています。公務員にいたっては職場や氏名まで・・・・。私も職業柄、無免許運転で検挙されたら、新聞紙上で職場や氏名を公表されてしまうのでしょうか・・・・。それは恐ろしいことです。私はもちろん当校の信頼も失墜し、最悪の結果を招くことになるのでしょう。
 この教程で学習することは、実際そのような違反を犯すドライバーに対しての内容が多く、普通の善良なドライバーが、覚えておくことは、唯一、自分の免許証で運転できる自動車の種類を知っておくことだけのような気がするのです。
 しかし、免許制度って最近妙に怪しいような気がしてならないのです。それは、なにかと申しますと、自動車って車屋が作った製品ですよね。製造責任っていうのがどのようなものか私は全然知りませんが、その製品が事故を起こしたりするわけなのですが、交通事故の責任は、道路交通法がある限り、そのほとんどが我々ドライバーの責任となります。保険にしてもなんにしても、我々が自分自身でお金を払って掛けなければなりません。そんな製品他にありましたっけ?とは言っても、車は、結局自分で買って自分が使用する道具ですので、その道具の使い方を誤って、他人に迷惑をかけたら、その損害の補償をして当たり前なんですがね。とはいっても、自動車は欠陥だらけの製品です◎(こんなこと言って大丈夫てですか??)、しかし、その欠陥を補うことができるのは、我々ドライバーの賢い運転しかありません。絶対ぶつからない車はないのです。
 ところで、自動車を運転する上での責任はかなり大きいですね。行政上の責任(免許停止、取り消し等)、民事上の責任(損害賠償等)、刑事上の責任(禁錮、罰金等)とこれほどまでに責任の重いものは、他にはなかなか見当たりません。(私が道路交通法しか知らないだけですが・・・・・。)このようなことからも、我々ドライバーは、自動車を運転する上での責任を十分に理解し、その運転にはに細心の注意を払う必要があるといえます。
 自動車と運転免許は我々の生活を豊かにしました。しかし、その一方では交通戦争といわれるほどの、たくさんの交通事故の犠牲者も生みました。最近では衝突しない車の開発等も進み、自動車は確実に進歩しつつあります。我々ドライバーも、自動車に負けてはいられません。確実な運転ができる人になりましょう。
 なんか書いてるうちに、なにがなんだかわからなくなってきました。我々指導員は常に安全な行動がとれる運転者の育成を目指しています。その一方で車屋は「ラパンラパンラパンラパン」とか楽しげなCMや、シートを倒して音楽がんがん鳴らして、車の中チカチカ光らせて・・・・。それが車のCMか!!みたいなのばっかり平気で流してるし・・・・。本当はふざけるな!!と言いたい!!タバコみたいに、「使い方を誤ると、車の運転は、あなたにとって人生の危険性を高めます。」とか箱に書いたらどうな!!って思うのは私だけでしょうか。(車は箱入りで売ってないか・・・・。せめてパンフレットには書こうよ・・・。)
 もうわからん・・・・。なんとなく我々国民がダメになっているような気がします。 ほんとに世の中どうなるのだろう。何事も安全運転いたしましょう。



 
 

 

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